げじげじ日記

私の世界

不自由なアタマ

腹が減った
憂鬱で何も作る気がしない

何もやりたくない
けど、焦っている

閉じこもっている


なにもかもわたしに無関心なこの世界で
わたしは自由ではない

全てが停止した部屋
自由は何処にある
わたしもきっと停止した
ゆいいつ動いているのは
わたしの心臓

わたしがわたしの時間を得る前の自由は
この中で好きにしてもいいよ
というやさしいもので
時間を得た後の自由は
得体の知れない
何を考えているのか分からないものだ

自由だから
何もしない
自由だから
何かしなくてはいけない

こんな声がアタマの中をぐるぐるしている

こんなことを腹を減らしながら綴るのも
自由だからなのだが

自律という言葉がある
素晴らしいことだが
人生にはつきものの事故というやつで
ハンドルもブレーキも効かなくなった
アクセルはよく分からない

時間があれば
自由があれば
好きなことをずっと思っていられるか
と思ったが
実際には
好きでもないことばかり考えて
いらいらして
何もやる気がしない

自由でない、というのはこういうことだ
時間があるとかえって
いろいろなものが吹き出してくる
好きではないもの
考えたくないもの
止めることが出来ない
居場所のないさまざまな感情が
着いたり消えたりする

腹が減るというのも
考えてみれば人間の不自由のひとつだ
好きでないことばかり考えてしまう
止められないというのも
それに近い

何かを食べれば空腹は収まるが
考えてしまうということは抑えられない
抑えたくはない

嫉妬と羨望は慎みたいと思っている
良い頭
良い顔
良い身体
良い生活
ないものを羨むのは馬鹿馬鹿しい

これらは誰にとって「良い」ものなのだろう
と思うと
バカらしくなってくる