げじげじ日記

私の世界

ことばを持たない魂

どうでもよいことだが、ブログのタイトルを日誌から日記に変えた
初めは日々の出来事をだらだらと書くつもりだったから日誌でよかったが、最近はさういうことは書かないから日記の方が妥当だと思った

ことばを持つということはことばを知っているということとイコールではない
わたしはことばを知っているがことばを持たない

どういうことか
例えば「嬉しい」ということばをわたしは知っている
だが、「嬉しい」ということばは持っていないので、「嬉しい」と言うことができない
「嬉しい」と言った瞬間にそれが嘘になってしまう

わたしの感じていることは大まかに言えば「嬉しい」なのだが、そのものではない
「悲しい」や「恥ずかしい」やら様々なものが混じり合って混沌としていることがほとんどだからだ

もはやそれは「嬉しい」とは言えない
適切に言い表すことのできない感情だけがある

自室にひとりで寝転がり、動くことさえもしんどいことがある
虚しい、とは思わない
うんざり、に近い

本当のところは虚しさで心の中はいっぱいなのかも知れない
満たされてそれが普通のことになると、感情はことばにならなくなる

あらゆることが、手遅れで、どうにもならなくなった
最初は虚しいと感じるが、その現実の中で生きていると、虚しささえもなくなる
ただ心を殺して生きる他ない