げじげじ日誌

マイ・ワールド

理想と不満の関係について

今日は変な日だった。

朝目覚めたのは10時半くらいだったか。変な夢を見ていた。

夢の内容は書かないが、相当長い話だった。
こんなに長い夢を覚えていることってなかなかない。

またうつらうつらとして、昼を過ぎてから起きて飯を作った。

外はよく晴れていて、窓から差し込む太陽の光が眩しい。

飯を食い終わったが、全身がだるくてあまり動く気にならない。ので寝ていた。仕事は夕方までない。


昨日の晩は色々と考えることがあった。

不満とは何だろう、と思った。不満というか、不機嫌というか。

現状への不満というのには、2つあると思った。
一つは息苦しさによる不満。
もう一つは理想が実現しない不満。

一つ目の不満というのはいわば水の中にいて息が出来ないようなもの。これは生きるために持つべき不満だ。

二つ目の不満はわれわれの理想に関する固定観念から来るものだ。それは、
「理想は適切なプロセスを踏めば必ず実現される」
「理想通りのものが適切な手段を用いれば必ず手に入る」
という不可疑の想定だ。

この想定があるために、人は理想が実現しないことに不満を抱く。周りのものにも、自分自身にも。

理想の実現が現実の満足に先立つ、というのは厳しい条件だ。

たとえ理想が実現していなくても、われわれは一つ目の不満のないこと、つまり息苦しくなく、生き生きと生きられていることで満足することができる。
固定観念を打破できれば、の話だが。

理想の実現によってのみ人は満足して生き生きと生きることができるわけではない。

理想の実現の為だけに生きて、それで生き生きとしているように見える人もいるが、内実はそうではない。自分自身や周りの人や社会への不満で満ちているものだ。

理想はひとまず置いておいて、まず自分自身が生き生きと生きることが先決だと思う。

それだけで現状に満足し、人は機嫌よく生きられるのだから。


われわれは固定観念の塊だ。それも自らを不幸にするような固定観念の。

そうしたものを崩してゆくことが、人生に対する誠実な態度と言えるのではなかろうか。