自分の外に興味がない
昨日の晩は3時を過ぎても寝付けなかった。お腹が痛くて何度も起きてトイレに行った。
朝になってもあまり気分は良くない。外に出たくない。ずっと家の中に居たい。
布団の中で色んなことを思った。
自分の外についての興味がない。自分の過去の記憶、感情にしか興味がない。自分の身体にも、生活にも、人生にもあまり興味がない。それらは外のもの、という感じがする。
こういう感じがもう2年間は続いている気がする。じわじわとこの感覚は増してきた。
過去と、それに結びついた感情ばかり何度も再生している。その他のことは、どうでもいい。日々の炊事、洗濯、掃除も興味がない。他人にも興味がない。
そもそも「他人に興味がない」という事実に対して、興味持とうと努力すべきなのだろうか。それは無理なことなのではないか。
他人に興味が持てなくなっている人が、ガンバって他人に興味を持とうとした時、だいたい起こることは、「他人との関わりで生まれた自分の感情に執着する」ということだ。
自分の感情を鮮やかに観賞するために、他人との会話、遊び、交際を使う。それは全て自分のため。自分のために他人を利用している。
他人のために、という感情でさも、「こんなにしてあげたのに」という怒りや、自己憐憫を愉しむための素材に過ぎない。
自分の外に興味がない。
自分の中に仕舞われた過去と感情にしか興味がない。
事実など興味がない。
他人が何をしているかも、どんな人間かも、世界がどう推移していくのかも、何もかも興味を起こさない。
私の興味は全て自分の過去の記憶や感情に向けられていて、外には向いていない。
だから、外に興味がないのも当然だ。
こうなったら、思う存分中に入って楽しんでやろうか。